「日本の卸・小売企業における売上高の裁量的計上」

                  神戸大学教授  岡部 孝好



1. はじめに

会計情報が真に意思決定コントロール(decision control)の機能を果たしているなら、厳しいコントロールに対抗する目的で、経営者は会計数値を歪めるものと予想される。この裁量行動(discretion)が現実に観察されるとすれば、それは会計情報が社会的に機能していることの何よりの証拠だといえる。実証会計理論(positive accounting theory)は、この考えにもとづいて経営者の裁量行動に目を向け、それがなぜ、またどのように行われているのかを経験的に解明しようとする。その焦点の1つをなしてきたのは利益数値制御(earnings management)であり、望ましい公表利益数値を導こうとする経営者の会計的選択(accounting choice)に分析を加えてきたのである[Schipper,1989]。

本稿においては、公表利益数値から公表売上数値へと目を転じて、日本企業においては売上高もまた裁量的にコントロールされる傾向があることを明らかにする。そして、日本企業に特有なこの売上高の裁量的計上が会計数値や財務指標の国際的比較を困難にし、たとえば日本企業の売上高利益率を過小にみせかけがちであることを指摘する。「日本の会計」を特徴づけるこれらの点を解明するには、「売上至上主義」という日本企業特有の行動規準から検討しなければならない。

2. 売上至上主義と裁量行動

(1)売上至上主義

日本企業は売上至上主義にもとづいていて、きわめて低マージンの場合でも、あるいは赤字の場合でさえも、売上の拡大に向けて、死にものぐるいの市場活動を繰り広げるといわれている。最近でこそ利益至上主義への転換が唱えられ、ROEを指標にする新しい経営スタイルが模索されているが、過去半世紀の日本企業を導いてきたのはまぎれもなく売上至上主義であり、これこそ日本企業の行動を特徴づけるものであったといえる。

日本市場において売上至上主義が支配的となった背景には、企業とそのステークホルダーとの間に「安定した関係」が維持されてきたという事情がある。わが国には終身雇用制、メーンバンク制、株式相互持合制など、長期的関係が存在するが、これらの長期契約関係のもとでは、人件費や金利の節約によって利益を浮かせるのはむつかしい。人件費や金利は所与の固定費なのであるから、売上によってまずこれらの固定費をカバーし、さらに安定配当を可能にするだけの利益を稼ぐことが最優先の課題になってくる。ともかく最終利益が黒字でさえあれば、それが安定配当に足るわずかな金額でしかないとしても、ステークホルダーとの「安定した関係」が揺ぐおそれはなく、事業活動の継続が保証される。高い利益率は望ましいことであっても、その前に、必要な分配原資をカバーする最小限の売上を確保して、ともかく企業の存続を図らなければならない。こうして、さして利益が見込めない場合でも、争って受注するという日本企業特有の市場行動が拡がったとみることができる。

しかし、もっと直接的な理由としては、経営者を売上競争に強く駆り立てるメカニズムが日本市場に存在していた点が挙げられる。わが国では、業界で売上高が何位になるかが企業のステータスを決定づけることが多く、企業の名声も経営者の業績評価も売上高の絶対額や順位で決まるという傾向が支配的である。右肩上がりに売上高を増やしさえすれば、その企業の未来は明るいとみられ、経営者の手腕も高く評価されるのがふつうであった。売上高が増加している企業は、金融・資本市場において豊かな資金調達機会を与えられ、安いコストで資金を集めることが可能となる。反対に、売上高が減少すれば、市場競争における敗退の兆候と受け止められ、株式や債券の価格下落を通じて、あるいは資本コストの上昇を通じて、厳しいペナルティを賦与される。売上高というのは紙の上の会計数値でしかないのに、その会計数値の公表が誘発する経済的帰結(economic consequences)はきわめて重大であり、売上高の増減が市場の賞罰のシステムにリンクしていたといえる(1)。このような市場環境においては、売上拡大に向けて強いドライブがかかるのは自然なことである。

(2) 売上高の裁量的計上

売上至上主義のもとでは、ありとあらゆる企業活動が売上拡大に向けてシフトされており、1円でも多く、1日でも早く売上を計上するという駆動力が働いているが、社会全体からみても、このハイプレッシャーそれ自体に大きな弊害があるわけではない。顧客が求める財・サービスを、1刻も早く顧客に引き渡すのが企業の本来の役割だとすれば、売上拡大のドライブによってこの役割の遂行が促されているということができる。売上至上主義には採算を度外視してまで売上拡大に走るというネガティブな含意があるが、この意味合いにおいても、顧客に提供される財・サービスが安価になっているという点では、積極的な意義があるといえよう。企業の販売というのは顧客の需要を満たすことであり、売上の金額を増やすこと、売上の計上を急ぐことには、それ自体に反機能な意味はない。

しかし、売上至上主義のハイプレッシャーが、実際には販売していないのに販売したかのように装う動機とか、実際に販売したより多い売上数値を見せかけたりする動機を醸成しているとすれば、これは反機能的な結果につながりかねない。自己に有利なように情報を歪曲したり、情報を誇張することは機会主義的行動(opportunism)といわれる[岡部,1994]が、売上至上主義は機会主義的行動を誘発し、ステークホルダーに損害を与えるおそれがないではない。たとえ少数の事例でも、未販売の商品が販売されたかのように偽装されたり、販売金額が膨らまされていたりすれば、ステークホルダーは虚偽の売上数値によって欺かれることになる。

会計では、長い実務経験によって売上数値が歪みがちであることをよく承知しており、会計ルールにこの機会主義行動の危険を織り込んでいる。売上計上には実現テスト(realization test)が適用されるが、それは、@売り手と買い手の間に合意が成立していること、A売り手から買い手へ財・サービスが引き渡されていること、B買い手から売り手へ貨幣または貨幣請求権が引き渡されていること、という3つの条件がすべて満たされることを要求している。そのうえ、領収書などの取引証跡を追跡することによって、これら3条件が充足されているかどうかをいちいちチェックする手筈を準備している。したがって、このような会計ルールのもとでは、会計帳簿のうえだけで売上数値を膨らませるのはきわめて困難であり、架空売上といった犯罪行為を別にすれば、会計帳簿の売上数値は一般に実際の販売金額を正確に反映しているとみることができる。

しかし、この実現テストを遵守する一方で、売上数値を膨らませる方法がまったくないかといえば、必ずしもそうではない。売上数値を実際の販売額より多くみせかける方法がいくつか存在する。これらの方法を採用することは会計ルールに違反するものではないが、会計帳簿上の売上数値を歪めるという点では機会主義的行動の現れであり、裁量行動とみることができる。

売上数値を裁量的に増やす典型的方法は、実際には受託販売でしかないのに、会計帳簿上ではいったん仕入れ、ただちに販売したものと装うものである。受託販売であれば、コミッション(販売手数料)だけしか売上に計上されないが、商品を仕入れて販売したとなると、販売総額がそのまま売上に計上される。これは販売額と仕入額の差額を計上する純額法に代えて、仕入額と販売額をグロスで記録する総額法を採用するにすぎないから、純利益にも税コストにも影響を与えない。しかし、純額と総額との差は大きく、売上数値には劇的な影響を与える。売上競争の結果を決めるのが売上数値だとすれば、この裁量行動の威力は絶大である。

このような裁量行動は単なる会計方法の選択というよりも、取引デザイン(transaction design)の工夫によるところが大きい。売り手と買い手が契約の中身に手を加え、これによって売上数値を大きく見せかけているのである。そのうえ、この取引デザインの修正には、売り手と買い手の間でリスクをどう分担するかという深刻な問題がからんでいる。そこで、リスク分担関係(risk sharing relationship)を中心に取引デザインを分析し、売上計上に関連する日本企業の裁量行動を検討することにしよう。

以下では議論を簡単にするために、まず最初に百貨店、スーパーなど、小売企業のケースを取り上げ、メーカー、卸といった調達先から商品の提供を受け、顧客に販売する状況を分析する。次に、メーカーと小売りとの取引を卸企業が仲介するケースに議論をすすめ、問屋や商社における売上高の裁量的計上を検討する。

3. 買切り方式と受託販売方式

(1)買切り方式とリスク負担

小売りが商品を販売する場合には、ふつうはまず商品を仕入れ、自己のものとして商品を所有する。代金の支払いを条件に、メーカーや卸から商品を買い取り、それから自己の商品を顧客に転売する。これが買切り方式――売り手からすれば売切り方式――であり、最も標準的な取引様式である。

この買切り方式によれば、商品販売にともなうリスクは、すべて買い手の小売りに帰属する。商品の販売に失敗し、商品を廃棄するとなれば、仕入れに費やしたコストはまったく回収できないが、この売れ残り損失はその商品の所有者、つまり小売りの負担になる。商品が売れそうもない時には、投げ売りによって売れ残り損失を軽減することになるが、この場合でも、小売りは見切売りの損失を負担しなければならない。

商品が正常に販売される場合においても、販売が確実で、小売りに定額のマージンが保証されるようなことはまれである。競争市場では市況はたえず動いており、期待通りに、予定価格で商品が販売できるとはかぎらない。市況の動きとともにマージンは増減する(時にはマイナスになる)が、小売りはこのマージンのバラツキを覚悟しなければならない。収益のバラツキが大きい時には統計的には分散(variance)が大きくなるし、大きな分散はリスクが高いことを意味している。

そのほかにも、小売りが引き受けなければならないリスクは多数ある。在庫として保有する間に、風水害、火災などにより商品が滅失したり、毀損したりするかもしれない。保管に十分な注意を払っても、紛失、盗難、破損、腐敗、漏洩、蒸発、変質などがおきるおそれがあるし、流行遅れなどのために商品が陳腐化して、正常な価格では販売できなくなる可能性もある。これらの商品保管中の損失は棚卸減耗損といわれるが、この棚卸減耗損をこうむるリスクも小売りに帰属する。

小売りが掛販売、手形販売をするとすれば、さらに貸倒れのリスクが追加される。売掛金は回収できないかもしれないし、手形は不渡りになるかもしれない。これらの営業債権が回収できないとすれば商品を無料で贈与したのと同じ結果になるし、たとえ法的手段に訴えて一部を回収できても、訴訟費用などの追加コストを負担しなければならない。貸倒れにともなうこれらの損失も、買切り方式ではそれを負担するのは小売りである。

(2)買切り方式とインセンティブ

買切り方式によれば、このように大きなリスクが小売りに降りかかるが、この大きなリスクが小売りのインセンティブ(incentive)を刺激し、その販売活動の意欲を高めることになる(2)。商品を買い切った以上、その商品を売り切る以外にコストを回収する途はないから、ありとあらゆる知恵を絞って、また可能なかぎりの労力を投じて、小売りは商品を売り捌くであろう。また仕入価格を上回る売価で売らないことにはマージンが残らないから、1円でも高く販売するように強く動機づけられる。たとえ販売の見通しが思わしくない場合でも、少しでも多くのコストを取り戻すために、機敏に見切り売りをするにちがいない。

こうして小売りに大きなリスクを負担させると、その販売活動が変化するが、それだけでなく、小売りの調達行動もまた変わってくる。「売れ筋」だけを仕入れておけば売れ残り損失は避けられるから、小売りは販売可能性を最優先にし、売れ残りの出ない調達政策を採用するであろう。小売りは商品を厳選して、販売の確率が高い商品に絞り込むにちがいない。事後の成り行きを事前に予測する合理的な行動の結果として、小売りの手持ちの商品点数(アイテム数)が少なくなって、店頭の品揃えもとかく貧弱になりがちになる。品揃えが貧弱になれば、顧客へのサービス水準が低下して、競争には不利に働く。

リスク負担がもたらすインセンティブへの影響はさらに在庫管理、債権管理にも及ぶ。棚卸減耗損が発生すればその損失は小売りの負担になるから、小売りは、棚卸減耗損が発生しないように在庫管理に細心の注意を払うにちがいない。貸倒れを防止するとすれば、信用販売を許す顧客を厳選するだけでなく、安全に回収するまで営業債権を厳しく管理しなければならない。リスクが降りかかる状況では、あらゆる手だてを尽くして、損失の発生そのものを防ごうとする動機が働く。

買切り方式は買手責任原則に立っており、いっさいのリスクが買い手の小売りによって負担される。このリスクの賦課はインセンティブには好影響を与え、小売りの販売活動を活性化し、ローカル情報の活用を促すことになる。小売りは自己責任原則のもとで、知恵と労力を惜しみなく投じて、消費者に向けたサービス競争を展開する。しかし、この買切り方式はあまりに過大なリスクを小売りに負担させるものともいえ、特に零細な小売りを苦しめる。小売りの粗マージンは10%〜20%程度しかないのに、売れ残りが出れば仕入コストの総額が損失になって、大きなダメージを受ける。そのうえに、棚卸減耗損、貸倒損失などが発生しかねないとすれば、小売りが負担するリスクはあまりに重いといわなければならない。この過大リスクの負担が買切り方式の最大の問題点である。

買切り方式のもう1つの問題は、販売の確率が低い商品が流通ルートに乗らないという点である。買切り方式によると、リスクを回避したい小売りは、販売に成功する確率が高くなければ、その商品の仕入れを断念する。小売りが仕入れを絞り込めば、品揃えが貧弱になるだけでなく、販売の見通しが不確かな商品が小売りの店頭に現れず、消費者との接点を失う。これは消費者にとっても大きなデメリットであるが、メーカー、卸などの上流企業にとっては出口を塞がれることを意味し、死活問題となる。

消費者にとっては品揃えも重要なサービスの1つであり、品揃えが豊かな小売りの方が競争上有利な立場に立つ。リスク負担の問題さえなければ、豊かな品揃えは、消費者にも小売りにも有利なことである。また小売りにリスク負担がなければ、販売の確率が低い商品でも小売りの店頭に並ぶ可能性が大きいが、この販路の確保はメーカーや卸にとって大きなメリットである。問題の焦点は小売りに過大なリスクを負担させることにあり、これが消費者、小売り、調達先に不利な結果をもたらしている。とすれば、小売りのリスクをいかに軽減するかが鍵になるが、その対応の1つが受託販売方式である。受託販売方式は買切り方式の対極にあり、小売りのリスク負担をほとんど免除してしまう。

(3) 受託販売方式とリスクの免除

調達先が小売りに商品(積送品)を送付し、自己の商品の販売を委託するのが委託販売であり、委託を受ける小売りの側からは受託販売といわれる。受託販売においては、調達先がプリンシパル、小売りがエージェントとなり、エージェントがプリンシパルの身代わりなって、プリンシパルの商品を顧客に販売する。エージェントが顧客への販売に成功すれば、販売数量にもとづいてプリンシパルからエージェントに報酬(コミッション、口銭)が支払われる。

この受託販売においては、小売りは調達先の商品を預っかているだけであり、その所有権は調達先にある。このために、小売りは商品所有にともなういっさいのリスクを免れ、最悪の場合でも、小売りが大きな損失をこうむるようなことはない。小売りは善良な管理者として商品の保管責任は負うとしても、棚卸減耗損、貸倒損失などのリスクを負担しないし、商品が売れ残っても、その損失は委託者によって負担される。売掛債権も、調達先の身代わりなって管理と回収を代行しているにすぎない。

リスクの肩代わりによって小売りがインセンティブを変えると、その影響は取引相手に波及するが、この波及効果は調達先にとってかならずしも不利なものばかりではない。委託販売方式によると、売上計上時点が遅れ、税コストが節約される(3)が、この点を別にしても、まず第1に、流通の末端で値崩れがおきにくいというメリットが挙げられる。調達先は委託した商品の所有権を握っているから、小売価格を指定する権限を留保しており、調達先の承認なしに安値販売が行われるようなことはない。たとえこの価格指定権がない場合でも、小売りは投げ売りによってまで商品を売り尽くすという動機をもっていない。小売りにおいて売れ残った商品は調達先によって引き取られ、調達先によってその損失が負担される。このため、委託販売方式によると、卸やメーカーは流通の末端における価格を有利にコントロールすることができる。

第2に、小売りの品揃えが豊かになるだけでなく、販売の確率が低い商品が流通ルートに乗るというメリットがある。受託販売方式によれば、小売りは売れ残り損失を恐れる必要がないから、少しでも販売の可能性があるかぎり、商品を店頭に並べようとする。小売りは、できるだけ商品の種類を増やし、販売機会を豊富にしたいという動機に駆られる。このインセンティブの変化によって品揃えが豊かになって、小売りの競争力が向上するし、販売可能性の低い商品にも販路が開かれる。この点も、卸やメーカーにとって有利なことである。

しかし、受託販売方式には、調達先にとって不利な点もまた少なくない。受託販売方式では小売りのリスクを免除するが、このリスクの免除が小売りのインセンティブを変え、これが反機能的な結果を引き起こす可能性が大きい。リスクの肩代わりにともないモラルハザード(moral hazard)が発生して、調達先が損害をこうむることになる(4)。

まず第1に、小売りをリスクから解放すると、インセンティブに悪影響がでて、小売りの販売努力水準が低下するという現実問題がある。買切り方式であれば、売れ残り損失を回避するために、小売りはありとあらゆる手だてを尽くして販売努力を傾注するが、受託販売方式ではどうしても販売活動のレベルが低下する。また、小売りが保有するローカル情報が活かし切れないために、小売価格が硬直的になって、競争力が落ちる可能性もある。受託販売方式では、ローカル情報をもたない調達先が小売価格を指示するうえに、小売りも手持ちの情報を活用しようとしないから、現場情報が価格に織り込まれないということになりやすい。

第2の問題は、小売りが商品所有にともなうリスクを負担しないことの結果として、在庫や債権の管理が甘くなるという点である。受託販売において棚卸減耗損や貸倒損失を負担するのは調達先であり、小売りではない。このため、小売りが行う在庫管理や債権管理はとかく不徹底になりがちで、棚卸減耗損や貸倒損失が増える可能性がある。これもモラルハザードの現れといえる。

これらのモラルハザードに対処する方策がまったくないわけではない。取引デザインを通じて、その反機能的な結果を抑制することができる。たとえば、小売りの販売数量が増えるのにおうじて、累進的なリベート(rebate)を支払うとすれば、受託販売方式においても、小売りの販売意欲は高まるであろう。あるいは小売りが責めを負う棚卸減耗損に対して、懲罰的なペナルティを賦課するとすれば、在庫管理は徹底するにちがいない。事実、実際の受託販売契約をみると、累進リベート条項とか在庫管理責任条項が盛られている例が多く、モラルハザード問題に周到な配慮がなされているのがわかる。しかし、これら取引デザインはリスク免除という根本原因を取り除くものではないから、自ずと限界がある。そこで、声高に提唱されるのが自己責任原則であり、買切り方式への復帰である。

3.売上至上主義と折衷方式

(1)売上競争における受託販売方式

リスクは誰もが免れたいものであるから、競争市場においては、リスクが肩代わりされると、リスクを免除された側がリスクを負担した側に対して、何らかの形でリスク負担料(リスク・プレミアム)を支払わなければならない。受託販売方式によれば、小売りのリスクは調達先に転嫁されるが、その見返りとして小売りは調達先から相応のリスク負担料を徴収され、たとえば小売りが受け取るコミッションがリスク負担料だけ低くなる。したがって、リスクを回避できるといっても、収益性という点から、受託販売方式の方が小売りにとってつねに有利というわけではない。しかし、受託販売方式によれば、小売りに大きな損失が発生するおそれがなくなり、わずかでも利益が残ることが保証される。

ステークホルダーとの間に「安定した関係」を維持しようとする日本企業にとっては、人件費、金利といった固定費のほかに、安定配当の原資を稼ぐことが何よりも大切なことである。受託販売方式によれば、この最低限の要請が満たされる可能性が高くなり、企業の存続が確実になってくる。最悪の場合でも、大きな損失がでるようなことはないから、安全性を優先する小売りにとっては、受託販売方式のメリットが大きいといえる。また販路を確保するうえにおいて、メーカーや卸にとっても委託販売方式のメリットは少なくない。

しかし、売上至上主義のもとにある日本企業にとっては、売上高の絶対額もまたきわめて重要な会計数値である。買切り方式によると、商品の販売価額がグロスで売上に計上されるが、受託販売方式のもとでは純額のコミッションだけしか売上に計上されない。売上数値をめぐって激しい競争が展開されている状況において、受託販売方式を選択すると、最低限の利益は保証されるにしても、売上競争において敗退するおそれがある。リスクを免れるという点では受託販売方式のメリットは大きいが、売上競争という点では著しく不利なのである。このため、わが国では受託販売方式がそのままの形では使われるよりも、買切り方式と組み合わされることが多い。買切り方式によく似た取引様式をデザインして、売上数値を多く見せ掛けるのである。

(2) 「売上仕入れ」

小売りが調達先の商品を預かり、調達先に代わって販売するとすれば、この取引は受託販売方式になる。しかし、状況は同じでも、小売りが顧客に販売した時、その瞬間に仕入れたものとすれば、自己の商品を販売したことになり、形のうえでは買切り方式になる。これが業界用語で「消化仕入れ」とか「売上仕入れ」と呼ばれているもので、百貨店、スーパーなどでよくみられる取引デザインである(5)。この売上仕入れによると、実質的には受託販売であっても、仕入と売上がグロスで会計帳簿に記録され、売上金額が大きくなる。

この売上仕入れによれば、販売に成功するまでは、小売りは仕入れをしていない。このため、小売りは売れ残り損失はもとより、在庫管理上のいっさいのリスクを免れる。信用販売をすれば貸倒れのリスクが残るが、それ以外のリスクはすべて調達先に転嫁されており、小売りはリスクから解放されている(6)。会計帳簿の上では買切り方式となっていても、リスク負担は受託販売方式と同じであり、したがってこの場合にもモラルハザード問題に直面する。品揃えが豊かになる反面、小売りにおける拡販意欲は減退し、在庫管理は不徹底になるおそれがある。リスクの免除はインセンティブに悪影響を及ぼし、モラルハザードにつながりかねない。

このモラルハザードへ対策としては、いくつかの方策がある。累進的リーベートを供与するのもその1つであるし、棚卸減耗損の一部を小売りに負担させるのももう1つの例といえる。しかし、最も直接的な対処は派遣店員制であろう。調達先がその従業員を小売りの店頭に派遣すれば、小売りの販売活動と在庫管理が調達先従業員によって担当され、モラルハザードの発生が効果的に防止される。調達先の従業員が小売りの店頭で直接に商品を管理し、顧客に販売するのであれば、在庫管理が甘くなったり、販売努力水準が低下するおそれはない。

調達先からの派遣店員が在庫管理と販売活動を行うとすれば、小売りの業務は「売場貸し」に類似してきて、その機能が縮小する。これに対して、調達先が果たす機能は拡大し、小売りの顧客と直接にコンタクトをもつことになる。小売りの店頭におけるローカル情報も派遣店員の側に蓄積され、この情報が調達先の商品開発力、価格交渉力などを強化する(6)。派遣店員制は費用肩代わり契約の1種であるが、情報収集の面で調達先が受けるメリットは少なくないといえる(7)。

(3)返品条項付き買切り方式

買切り方式では、商品を仕入れた時、商品の所有権が小売りに移転し、すべてのリスクが小売りに降りかかる。売れ残り損失も小売りの負担になるから、小売りは仕入れを厳選するし、小売りが仕入れを断念すると、調達先は販路を失う。この大きなダメージを避ける目的で、「売れなければ、返品してよい」という特別の条項を付けて小売りに販売することがある。返品条項が付いたこの取引は、調達先からすると、いったん販売した商品を取り戻し、販売代金を返金することであるから、買戻し条件付き販売になる。

品違いによる返品とか、瑕疵がある商品の返品はここにいう返品に含まれない。返品特約条項による返品は商品の性質にまったく問題がないのに、単に小売りで売れなかったという理由だけで、調達先に商品が戻されることを指す。この返品特約条項がつくと、小売りは売れた商品だけを仕入れ、売れなかった商品は仕入れなかったことになるから、取引の結果は売上仕入れと同じになる。これは形式上は買切り方式であり、仕入も売上もグロスで計上されるが、売れ残りのリスクを調達先が肩代わりしている点で、委託販売方式の変形だといえる。

売れ残りのリスクを免除されると、小売りは商品の絞り込みを緩めるから、品揃えは豊富になって、顧客へのサービスは向上するであろう。調達先もまた販路を確保できるだけでなく、末端での値崩れを防止することができる。返品制のもとでは、小売りは投げ売りの動機を失っている。しかし、リスクの肩代わりは小売りのインセンティブに悪影響を与え、その販売努力水準を引き下げるおそれがある。

返品には輸送、保管、管理のコストがともなううえに、品傷みなどによる棚卸減耗損が発生しやすい。返品コストはきわめて高いから、調達先からすれば、できるだけ返品を減らしたい。しかし、それにもかかわらず、小売りは返品を減らすように動機づけられていない。リスクの免除によって小売りの販売意欲は減退しているから、返品を出さないように全力で売り捌かないのである。このインセンティブ問題に対処するには、あえて小売りにリスクを負担させるほかはないから、取引デザインを通じてリスクの分担を行うことになる。返品リスクの一部を小売りにも分担させるために、たとえば調達先が買い戻し価格を引き下げ、販売価格の70%、60%などと割り引くのである。買い戻し価格を下げれば、その割引率が小売りへのペナルティとなって、小売りは返品の動機を弱めることになる。このようなリスク分担契約はインセンティブ問題に対する最も一般的な対応である(8)。

返品条項付き取引には取引の取消可能性(cancelability)が含まれており、小売りの仕入は「仮仕入」であって、暫定的な会計数値でしかない。前期に仕入れた商品が今期に返品されるような場合には、実質的には、決算済みの前期の会計数値(繰越商品、仕入、資産合計など)が今期になって修正されることになる(9)。しかし、取引は形のうえでは買切り方式になっているから、実現テストにしたがって、会計ルールどおりに仕入と売上が立てられる。リスク負担は受託販売方式とさして違わないのに、小売りにおいては顧客への販売価額がグロスで会計帳簿に記録される。

4.取次ぎ販売

(1)日本的流通と取引コスト

わが国においてはメーカーと小売りとの間に多段階の流通経路があり、一次卸、二次卸など、数次の卸が商品を取り次いでいることが多い。これらの中間段階においても、買切り方式によるのであれば、まず商品を買い取って、それから顧客に販売するから、それぞれの中間卸がリスクを引き受けるし、またそれぞれの卸において仕入と売上もグロスで記録される。各段階において入庫と出庫が繰り返され、すべての当事者の間で代金の決済が行われる。

多段階の卸を経由するこの流通ルートにおいて、返品制が採用されていると、売れ残り商品は逆流して、川下から川上に遡上する。返品のつど赤インクで記入された伝票(「赤伝」という)を起こし、それぞれが仕入と売上を、そして買掛金と売掛金を修正する。流通ルートが多段階になっているほど返品の物流コストが高くなるが、会計処理もますます複雑になって、特に決済が手形で行われる場合には、債権管理コストと記帳コスト(bookkeeping cost)が嵩んでくる。そのうえに、返品制によってリスクを免除するとインセンティブ問題への対処が不可欠になるから、累進的リベート制度とか買い戻し価格の割引とかがからんでくる。このため、取引コスト(transaction cost)はきわめて高くなり、市場競争も抑制される(10)。しかし、卸の会計帳簿において、仕入と売上をグロスで計上する会計処理そのものに、さして問題があるわけではない。返品を含め、商品の入出庫に対応して仕入と売上が計上されており、会計帳簿上の金額は実際の取引を忠実に反映しているといえる。

しかし、この日本的な流通ルートの中において、実際には買切り方式ではないのに、仕入と売上をグロスで計上しているケースがあるとすれば、これもまた売上高の裁量的計上といわなければならない。取引デザインに手を加え、受託販売方式でしかない取引を、あたかも買切り方式であるかのように装っていることがある。商社や卸に多い取次販売の取引デザインをやや詳しく検討してみよう。

(2)商社における売買の斡旋

商社などでは、買い手と売り手を付き合わせ、売買を斡旋することがある。この取引の仲立ちに対する報酬として商社にコミッションが渡されるが、このコミッションは取引金額の1定%と契約されていることが多い。

この売買仲介において取次商社がいったん仕入れて、即座に販売したものとすれば、商社のコミッションは同じでも、売上はグロスで計上されることになる。コミッションが3%の場合、97%で仕入れて、100%で販売したものと処理されるから、売上数値は格段に増える。激しい売上競争を展開している総合商社では、この売上金額の見かけを増やすことに大きな意味がある。

このように、仲立ちの商社において仕入と売上が計上されていても、現物の商品は商社の倉庫を経由していないし、荷捌きも行われていない。商品は売り手から買い手に直接に引き渡されているし、リスクも売り手から買い手に直接に移転する。しかし、契約書においては売り手がまず商社に販売し、次に商社が買い手に販売するという三角取引になっているから、商社ではこの形式を優先して、仕入と売上をグロスで計上する。会計帳簿のうえでだけで商品が商社を通過しており、会計数値はモノの動きを反映していない。

モノが商社を経由していないとしても、取引金額とおりに総額で決済が行われれば、カネの動きは取引の形と一致する。商社では仕入と売上に対応する金額を買掛金と売掛金に計上しているが、買い手がこの売掛金を商社に支払い、商社が買掛金を売り手に支払うとすれば、カネの流れは会計処理と形のうえでは同じになる。しかし、決済にあたり売掛金と買掛金の差額だけしか商社に支払われていないとすれば、実質的な取引価額はコミッションだけであり、売上数値が会計帳簿のうえにおいて膨らまされていることになる(11)。

総合商社において、このような裁量的な売上計上がどれほどの割合を占めるのかは不明である。しかし、この割合は決して小さなものではないといわれているから、総合商社の本当の売上高は公表の金額よりかなり少ないとみなければならない。売上高による企業ランキングも、売上高営業利益率などの財務指標も、総合商社の場合には、額面とおりに解釈すると判断を誤るおそれがある。

(3)帳合制と商物分離

メーカー、卸、小売りの三者間の継続的な取引関係においては、小売りが卸に注文を出すと、卸に在庫がない場合には、卸がメーカーへその注文を取り次ぐ。納品においては逆のルートをたどって、まずメーカーが卸に、次に卸が小売りに商品を引き渡す。これが通常の流通ルートである。

しかし、こうした流通ルートによれば、メーカーから搬送された商品はいったん卸で荷下ろしを行い、さらに小売りに向けて再び搬送されなければならない。卸を経由すると、輸送、荷捌き、保管などのコストが嵩むうえに、スピードが遅れる。ビジネスにおいてスピードの意義が飛躍的に高まっているのに、これではスピードアップに対処できず、市場競争で敗退するおそれがある。こうした事情から、最近ではメーカーから小売りへと、商品を直送する物流システムを構築しているところが多い。なかには卸だけでなく、小売りも飛び越えて、メーカーが小売りの顧客に直接に納品しているケースさえみられる。これが「小売直送システム」(Direct Store Delivery System: DSD)であり、物流コストを節約する決め手の1つになっている。

小売直送システムによれば、商品はメーカーから小売りに直接に引き渡され、仲立ちの卸を飛び越えている。しかし、注文を取り次いだ卸は、指定地域内において、特定ブランドの商品を販売する排他的権利をもっていて、その地域内の取引を一手に捌く「商権」を握っていることが多い。これがテリトリー制(territory)と結びついた専売制(exclusive dealing)であり、わが国では「帳合い」と呼ばれている。この帳合制があると、メーカーから小売りへ商品が直送されていても、それはメーカーによる納品代行にすぎず、取引は卸を経由したものとみなされる。いわゆる「商物分離」が起きて、取引の流れ(「商流」ともいう)は物流から切り離される。

この帳合制において、売れ残り損失、棚卸減耗損などのリスクを卸が引き受けているのはまれなことである。小売直送システムによる場合には、卸は小売りの注文を取り次いでいるだけであり、リスクを負担していない。卸に落ちるマージンは、実質的には注文の取次ぎに対する報酬でしかないのに、卸は買切り方式だと主張して、会計帳簿には仕入と売上をグロスで計上するし、またそれぞれに対応する買掛金と売掛金を立てている。

卸が受け取るコミッションを純額で記録するのであれば、そのコミッションを支払うだけで決済は片づく。しかし、卸が仕入と売上を総額で記録し、買掛金と売掛金の総額を決済するとなると、決済のための資金手当てが膨らむし、この決済に手形が使われると、その管理もむつかしくなる。そのうえに、リベート制が組み込まれている場合には、さらにリベートの金額だけ決済の金額を修正しなければならない(12)。注文の取次ぎでも、買切り方式形式を整えれば、たしかに卸は売上数値を増やすことができる(13)。しかし、そのために卸が負担している追加コストも少なくなく、これらのコストは最終的には消費者に押しつけられる。日本市場を特徴づけるのは高い流通コストと高い消費者物価だといわれるが、その一因はここにあるといえよう。

5.結び

わが国には受託販売に類似する取引様式が大きな部分を占めているが、それらは取引デザインの工夫を通じて、形のうえでは国際標準の買切り方式に仕立てられている。小売りにおける売上仕入れ、返品制などは、実質的にみれば、受託販売方式とほとんど違いはないのに、会計帳簿では形式を優先し、あたかも買切り方式であるかのように処理されている。卸や商社においても、売買の取次ぎでしかない取引をグロスで会計帳簿に記録し、売上高を膨らませていることが多い。売上至上主義のドライブが働いているために、日本企業ではしばしば売上高が裁量的に計上されているのである。これらの日本企業特有の裁量行動が会計数値や財務指標を歪めていることは明らかであるが、そればかりでなく国際的な企業間比較を著しく困難にしているといえよう。同じ名称の会計数値でありながら、日本企業の資産価額や売上高は外国企業のそれと同じではなく、したがって単純に数字を比較すると、事実を見誤るおそれがある。国際的にみて、日本のメーカーにおける「流通在庫」が異様に多いのも、また日本企業の売上高利益率が異様に低いのも、この点に無関係とはいえない。

小売り企業に多い売上仕入れとか返品制は、売れたものだけを仕入れたものとみなすことによって、リスクを調達先に転嫁する取引デザインである。小売りが買い切っていないかぎりにおいて、小売りが抱えている在庫はメーカー、卸などの在庫(積送品)になっており、小売りの棚卸資産には含められていない。欧米企業であれば小売りの棚卸資産として処理されるはずの商品は、わが国においては上流企業の棚卸資産として財務諸表に掲載されている。事実、わが国のメーカーは膨大な「流通在庫」を抱えているが、その多くは流通段階に滞留している商品であり、本来は小売りの財務諸表に含められるべき棚卸資産である。その小売りの棚卸資産が川上企業の財務諸表に移動しているために、欧米企業と比較すると、棚卸資産や資産総額が小売り企業においては過小に、川上企業においては過大になる傾向があり、対応して投資利益率(ROI)などの財務指標も過大になっているものと思われる。外国企業と会計数値を比較する場合、とかく為替の換算などだけに目を奪われやすいが、同じ「棚卸資産」といっても、わが国ではその意味が違っているのである。

同じことが小売り、卸、商社などの売上高についていえる。売上仕入れなどによって、買切り方式の形を整えれば、たしかに売上高の金額は大きくなる。しかし、取引の実質が受託販売と変わらないとすれば、純額のコミッションしか計上しない欧米企業とでは、「売上高」の意味が異なっているといえよう。業種は限定されるとはいえ、日本企業の売上高は裁量的に嵩上げされたものが多く、明らかに過大なことが少なくない。売上高が過大であれば、この売上高にもとづく企業ランキングも、売上高利益率といった財務指標も実態を忠実に表現しているとはいえない。業界団体の統計とか政府統計もまた、会計帳簿の売上高を頼りにしているかぎりにおいて、正確な数字ではないといえる。

日本企業の売上高利益率は、国際的水準に比較して、極端に低い。この低マージンの原因としてはいろいろな指摘がなされている[Kaplan,1994]。日本では確定決算主義によって外部報告会計と税務会計を一体化させているから、この税制の影響により日本企業は利益を控え目に公表する、というのがその例である。また、欧米では連結ベースなのに、わが国では個別ベースによっているから、親会社の利益に子会社の利益が反映されない、というのももう1つの例になる。しかし、日本企業においては売上高が過大に計上される傾向があるとすれば、売上高利益率が過小になるのは当然の結果だともいえる。分子の利益が小さいだけでなく、分母の売上高が大きすぎるケースがわが国には多いのである。

国際化がますます進展する中で、国際的な標準にあわせてわが国の会計ルールを見直すことの意義は大きい。また、売上至上主義から利益至上主義に転換し、ROE中心の経営スタイルを日本企業に定着させることも急務であろう。しかし、会計ルールだけ国際的に調和化しても、あるいは利益至上主義に転換しても、日本の取引が国際的慣行と大幅に食い違っているのでは、真の意味における会計数値の比較可能性を確保するのはむつかしい。売上高というのは最も重要な会計数値であるが、その計上のベースとなる販売取引がわが国特有やり方でデザインされており、このため日本業の売上高は外国企業のそれと異なっていることが多いのである。

<注>

(1) 売上などの会計数値がもたらすこれらの経済的帰結は、不利なペナルティの側からとらえて、財務報告コスト(financial reporting cost)と呼ばれる。わが国には、大きな売上数値を公表するほど、この財務報告コストが安くなる(節約される)市場環境が存在していたわけである。この点については、岡部[1994, 1998]に詳しい説明がある。

(2) 一般的にいえば、リスクの軽減はインセンティブを下げ、リスクの賦課はインセンティブを強化する。リスクとインセンティブとはトレードオフの関係にあり、一方を追求するには他方を犠牲にしなければならない。詳しくは岡部[1993]の2章、 Milgrom and Robert[1992]の6章を検討されたい。

(3) 調達先においては、売切り方式によれば、小売りに商品を引き渡した時点において売上を計上しなければならない。しかし、委託販売方式によれば、小売りが販売に成功するまで、あるいは仕切計算書が到着するまで、売上の計上が延期されるから、これに対応して納税も延期されることになる。ここに税コストの節約というのは、この納税時期の繰り下げを指している。

(4) モラルハザード――道徳的危険とか道徳的陥穽ともいわれる――というのはリスクの肩代わりにともない、勤勉さ、努力、創造力、注意力、忠誠心、責任感などが損なわれることを指すが、怠惰、手抜きなどの具体的なエージェンシー問題(agency problem)につながることも多い。なお、このモラルハザードはしばしば「情報の不完備」に関係づけられ、教科書ではモニタリングという事後的情報活動の不備によると説明されることがある。この点については、Milgrom and Robert(1992)の6章が参考になる。

(5) 売上仕入れには小売りの従業員が店舗を管理するケースと、派遣店員が店舗を管理するケースがあるが、前者を「消化仕入れ」と呼んで、「売上仕入れ」という用語を後者のケースに限定していることも多い。

(6) この売上仕入れは「富山の置き薬」と同じアイデアによる日本の伝統的な取引デザインであり、小売り、卸売りのほかに、メーカーなどにも広範囲に拡がっている可能性が高い。メーカーにおいては、生産プロセスに部品などを実際に投入するのが「消化」であり、この消化時点にはじめて仕入れるのだとすれば、富山の置き薬と同じやり方で、メーカーにおいても「消化仕入れ」が行われていることになる。

(7) 売上仕入れでは、小売りは販売した瞬間に仕入れるが、その仕入れは調達先からすれば売上である。そこで、調達先の派遣店員も、小売りが販売した瞬間に独自の売上伝票を起こし、本社に連絡することになる。この迅速な情報収集の結果として、調達先の販売情報が小売りよりも豊かになることが少なくない。

(8) 健康保険などにおいて、費用の一部が自己負担になっている点に注意されたい。保険は保険事故(疾病)に遭った場合の費用負担(医療費)を保険者が肩代わりするものであるが、このリスクの肩代わりは被保険者のインセンティブに悪影響を与え、事故防止(健康維持)努力を甘くしがちである。そこで、被保険者に費用の一部負担(初診料など)を求めることによって、換言すればリスク分担を強いることによって、こうしたインセンティブ問題に対処しているのである。

(9) 返品制において、特に問題が多いのは調達先の売上計上である。売り手からすれば返品は販売の取り消しであり、会計処理では「戻り」とか「戻り品」として、売上高の修正として取り扱われる。販売した会計期間と取り消した会計期間が同一であれば会計上の問題は少ないが、これらが2つの会計期間に跨ると、前期の売上高を今期の戻り品によって訂正することになるから、会計処理がやっかいになってくる。この問題に対処するために、通常は決算にあたり、翌期に返品されそうな金額を見積もり、この見積額を引当金に計上する。これが「返品調整引当金」であるが、実際には、予想返品率と販売利益率によって、返品にともなう利益の過大計上分だけを控除する。

返品条項が付いた売上は、将来に訂正されるかもしれない「仮売上」であり、最終利益も未確定になる。決算においてもこの「仮」という性格が失われていないから、厳密にいえば、決算も仮決算だといえる。

(10) わが国には多段階の流通ルートがあるうえに、返品制、リベート制、手形決済などがからんでいて、ビジネスはあまりに複雑になっている。しかも、返品制など、国際的取引慣行に反する取引様式が少なくない。このため、日米構造協議などでは、日本の流通市場では参入障壁が高く、市場競争が抑制されているとしばしば非難された。たしかに日本の流通市場は新規参入がむつかしくために、市場が閉鎖的になっており、これが価格の硬直化につながっていることはまちがいない。

(11) 差額だけを決済する場合には、次のような入金処理になると思われる。

 
(借方)  買掛金 xxxxx    (貸方)売掛金    xxxxxx
         現預金   xxxxx        

(12) 最近ではこの受発注処理はコンピュータを利用し、ネットワーク上で電文をやりとりするのがふつうになっている。しかし、このコンピュータ処理においては、卸の専売権に配慮して、帳合制という日本的な取引様式をそのままコンピュータ化しているのがふつうである。

(13) 帳合制のもとでメーカーに納品代行をさせると、自己取引の形式が整うが、卸は商品の受け渡しをしていないから、会計処理に必要な取引データを入手できない。そこで、奇妙なことに、川上のメーカーに照会し、メーカーの通告を受けて会計帳簿へ記入している例がある。極端な場合には、メーカーが卸に代わって、仕入と売上について、記帳代行を行っているケースさえみられる。

<参考文献>  Kaplan, Steven, “Top Executive Rewards and Firm Performance: A Comparison of Japan and the United States, Journal of Political Economy,” Vol. 102, No. 3 (1994, *), pp. 510-546.

Milgrom, Paul, and John Robert, Economics of Organization and Management (Prentice Hall Inc., 1992). 奥野正寛ほか訳、『組織の経済学』(NTT出版、1997年)。

Schipper, Katharine, “Commentary on Earnings Management”, Accounting Horizons, Vol.3, No.4 (December 1989), pp.91-102.

Tirole, Jean, The Theory of Industrial Organization (The MIT Press, 1988). 岡部孝好、「電子的データ交換(EDI)と取引コスト」、『情報ネットワーク研究』(関西大学経済政治研究所、1992年)。

岡部孝好、『会計情報システム選択論(増補)』(中央経済社、1993年)。

岡部孝好、『会計報告の理論――日本の会計の探求――』(森山書店、1994年)。

岡部孝好、「会計上の利益数値制御における税コスト仮説と財務報告コスト」、『国民経済雑誌』(1998年8月)、39-52頁。

岡部孝好、「利害調整会計における意思決定コントロールの役割」、『企業会計』第49巻5号(1997年5月)、4-10頁。

高橋悦夫、「総合商社の売上高――その「虚」の部分の一考察――」、神戸大学経営学部ディスカッションペーパー、第9864号(1998年10月)。